| 福島県出身。 |
| 工業高等専門学校へ出身中学校では初の女性合格者となり入学。 |
| しかし、もっと勉強したい、という意欲が勝り東京農工大学へ編入。 |
| 大学教授の紹介で入社した会社が1年半で倒産。 |
| 大阪で外資系のバイオ関係の会社へ入社。 |
| 一生の伴侶と出会う。 |
| 外資系の為、結婚しても仕事を続けるが、子供が出来ると辞めるのが通例であったが、子育てをしながら仕事を続ける。 |
| この時から子育てと仕事の両立に苦労が始まる。 |
| 東京への転勤が決まり引っ越し先について保育士に相談すると、品川区が良いですよ、とのアドバイスを頂く。 |
| 実際に問い合わせをしてみると、品川区役所の対応が非常に良かった。 |
| 当時は、保育運動が盛んで、また、転換する時期でもありました。 |
| 保育園に対する制度が改正され、父母の会連絡会を組織して、保育園単体ではなく、全体の意見として役所に要望する様になりました。 |
| 要望は、議会で否決されましたが継続して運動を続けることになりました。 |
| 議会を傍聴する様にもなり、父母が思う保育園の運営と行政が目指す運営の違いに気付き、どうすれば、自分達の意見が行政に反映出来るか、ということを考えた末に出た結論が、議員になることでした。 |
| 但し、本屋で売っている「選挙に関する本」を参考にすると直に選挙違反になってしまう、ということも学びました。 |
| 住民に対して、議会の内容を正しく伝えれば、住民は正しい判断が出来る、という考えで日々の活動をしております。 |
| 一期目は、陳情が無いので仕事が無い。 |
| 共産党というレッテルを剥がすのに終始していた様に思います。 |
| 現在、二期目。これからが真価が問われる時、期待してください。 |
| 最後になりましたが、主婦が議員になる時についてお話し頂きました西本貴子 様、また、素晴らしい出会いを演出して頂きました錫村民生様と山崎賢二様に、深く感謝申し上げます。 |